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東京高等裁判所 昭和30年(行ナ)8号 判決

原告 オリエンタル釣具株式会社

被告 植村裕充 外四名

主文

特許庁が同庁昭和二十八年抗告審判第二九二号事件につき昭和二十九年十二月十五日にした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、

(一)  被告等の先代亡植野善雄は昭和二十七年七月十四日原告を相手方として右植野所有の登録第三六三三六五号実用新案の権利範囲確認審判請求を特許庁に提起し、同事件は同庁昭和二十七年審判第一五〇号として審理され、昭和二十八年一月二十二日「(イ)号図面及びその説明書に示す釣竿用リールは登録第三六三三六五号実用新案の権利範囲に属する。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決がされ、之に対し原告は特許庁に抗告審判の請求をし、同庁昭和二十八年抗告審判第二九二号事件として審理され、昭和二十九年十二月十五日「本件抗告審判の請求は成立しない。抗告審判の費用は請求人の負担とする。」との審決がなされ、右審決書の謄本は同月二十五日に原告に送達された。

(二)  然しながら右抗告審決は次の通り事実の認定を誤り審理不尽理由不備の点のある失当のものである。即ち被告等先代の本件登録実用新案の考案要旨が「糸巻車の両側板(1)を皿状に圧搾し其の側面凹陥部(3)を利用してL形支持片(4)を固着せる枠板(5)を該凹陥部内に嵌入せしめたる釣竿用リールの構造」にあることはその図面及び説明書の記載により明らかであつて、この考案では「皿状側板(1)の凹陥部(3)を利用してL形支持片(4)を固着した枠板(5)を該凹陥部内に嵌入せしめた」点をその構成上の必須要件としているものと言うべきである。そもそも「嵌入」とは「はめこむ」ことであつて、本件登録実用新案で枠板(5)が皿状側板(1)の凹陥部(3)内にすつぽりとはまり込んで少しも外側部に突出していないことはその第一図によつても明らかに認められるところである。次に(イ)号図面及びその説明書に示す釣竿用リール(以下(イ)号図面のリールと略称する)は「糸巻車の両側板を皿状に圧搾し、皿状側板(2)に周縁(9)を設け、又L形支持片(4)を固着した枠板(3)にも内面に折曲した周縁(12)を設け、前記周縁の内面に周縁(12)を嵌合した構造」を有し、枠板(3)は皿状側板(2)の周縁(9)の外方に突出しているのである。即ち(イ)号図面のリールに於ては周縁が互に嵌合しているのであつて、枠板(3)は皿状側板(2)の凹陥部(A)内に嵌入しないで皿状側板(2)の周縁の外方に突出しているのである。そこで本件登録実用新案と(イ)号図面のものとを対比すると(イ)両者が共に釣竿用リールであること、(ロ)両者がいずれも糸巻車の両側板を圧搾してその側面に凹陥部を形成したものであることに於て共通している。然しながら後者は前者の考案構成上の必須要件なる「側面凹陥部を利用してL字形支持片を固着せる枠板を該凹陥部内に嵌入せしめた構造」を欠如している。即ち(イ)号図面のリールはL字形支持片(4)を固着した枠板(3)は皿状側板(2)の凹陥部(A)内には嵌入していない。更にこれを詳言すれば(イ)号図面のリールは皿状側板(2)に周縁(9)を設け、又L形支持片(4)を固着した枠板(3)にも内面に折曲した周縁(12)を設け、前記周縁(9)の内面に周縁(12)を嵌合したものであつて、皿状側板(2)の凹陥部には何物も嵌入されておらず、全然空虚になつており、枠板(5)は皿状側板(2)の外側方に突出しているのである。然るに抗告審決は本件登録実用新案の図面では側板の凹陥部内に枠板が完全に嵌り込んでいるが、側板に凹陥部を形成した所以は「枠板の径を側板の径より小さくして嵌合して、そして二板間の周縁間隙を外方に向わしめると共に、枠板を側板に対し外周的に露出させないようにする」為であることが明らかであつて、且枠板の他の点については何等の限定がない、即ち「側板凹陥部内に外周を露出しないように枠板を嵌入させた」点が本件登録実用新案の考案構成上の必須要件の一つであり、(イ)号図面関係のものは上記必須要件を具備しているものと認めると説示した。そもそも実用新案の登録を受け得る目的物は物品に関し構造形状又は組合せに係る型であつて、抽象的の観念ではない。而して一つの抽象的観念を体現する型は多々ある。即ち釣竿用リールに於ても「枠板の径を側板の径よりも小さくして嵌合し、且つ二板間の周縁間隙を外方に向わしめると共に、枠板を側板に対し外周的に露出させないようにする」という抽象的概念を体現する構造の型は多々あつて、本件登録実用新案もその一例であり、(イ)号図面のリールも又その一例である。而して実用新案の権利は「登録実用新案に係る物品と同一又は類似の物品」には及ぶけれども「抽象的観念を同じくする物品」には及ばないのであり、前記のように(イ)号図面のリールは本件登録実用新案の考案構成上の必須要件である「側面凹陥部を利用してL形支持片を固着せる枠板を該凹陥部内に嵌入せしめた構造」を欠如し、従つて両者の間には構造上本質的差異が存する。然るに抗告審決が前記の通り「側板凹陥部内に外周を露出しないように枠板を嵌入させた」点が本件登録実用新案の考案構成上の必須要件の一つであり、(イ)号図面のリールが右必須要件を具備しているものとしたのは、前記の構造上の本質的差異を無視したものであつて、本件実用新案の権利を不当に広く解釈した違法がある。更に又効果上から考えても(イ)号図面のリールは周縁部(9)に強い指圧を加えることができるから、本件登録実用新案のものより指圧効果が大きく、又枠板が皿状側板面から外方に突出しているので釣糸の挾入を防止する効果も一層大であるのに、抗告審決は之等の効果上の差異をも無視している。

(三)  而して前記確認審判請求人植野善雄は右抗告審決書謄本の送達に先立ち死亡し、被告等がその相続をして善雄の権利義務を承継した。よつて原告は被告等を相手方とし右抗告審決の取消の裁判を求める為本訴に及んだ。

と陳述した。

(立証省略)

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、

原告の請求原因事実中(一)の事実と(三)の事実中の植野善雄が原告主張の時に死亡し、被告等がその相続をして善雄の権利義務を承継した事実は認めるが、その余の原告の主張は争う。

本件登録実用新案では側板(1)の凹陥部(3)内に枠板(5)が嵌入しているが、(イ)号図面のリールでは側板(2)の凹陥部(A)に枠板(3)が嵌合している。この両者を比較するに前者が枠板(5)を凹陥部(3)に深く入れ込ませているに対し、後者は枠板(3)の周縁(12)が凹陥部(A)に入つていて他の部分は外方へ露出している点で相違しているに過ぎず、両者共に凹陥部にその周縁が嵌入していることは何人にも一見認識し得られるところである。従つて両者の差異は設計上の微差に過ぎないのであつて、両者はその構造の要旨に於て全然同一である。即ち本件登録実用新案の必須要件をなす構造を(イ)号図面のリールは殆ど同一構成に於て具備しているから、両者の型も又同一である。両者の構造は全く同一目的の為に構成されたものであつて、原告の主張する嵌入と嵌合との相違は言葉のあやに過ぎず、実用新案の説明上嵌入と嵌合とは同一意味に使用されており、この用語の相違に捉われて構造の根本的本質を無視すべきではない。抗告審決が右構造の根本的本質を見て両者が同一要旨に基ずく構造を具備するものと判断したのは正当である。又本件登録実用新案の枠板を側板の側面に設けた凹陥部内に嵌入させ、両者の間隙が外側にあつて釣糸がこの間隙に挾入する恐れがなく、又両側板の周縁が露出していて指で押えて制御し得られる等の作用効果あるに対し、(イ)号図面のリールも側板(2)の側面に設けた凹陥部(A)に枠板(3)の周縁(12)が嵌入させられてあつて、而も両者の間隙は外側に向つており、釣糸がこの間隙に挾入する恐れがなく、又両側板(1)(2)の周縁が共に露出していて指で周縁を押えることに依つて制御し得られる作用効果も全く同一であつて、このように両者はその作用効果に於ても全然同一であるから後者が前者の権利範囲に属することが明瞭である。尚原告が(イ)号図面のリールに於ける本件登録実用新案との相違点として主張する枠板の板状部を凹陥部から露出させた点は当業者の容易になし得る程度の設計の変更であり、又仮にこの露出部がある為本件登録実用新案と異る作用効果があるとしても、それは本件登録実用新案の作用効果を達成した上更に多少の異る作用効果を生ぜしめるに過ぎないのであるから、之が為にその考案が本件登録実用新案の権利範囲外に逸脱するものと言うことはできない。

従つて抗告審決には何等原告主張のような違法又は不当の点がなく、原告の請求は失当である。

と述べた。

(立証省略)

理由

原告の請求原因事実中(一)の事実及び植野善雄が原告主張の頃死亡し、被告等がその相続をして善雄の権利義務を承継したことは被告の認めるところである。

成立に争のない甲第一号証(本件登録実用新案第三六三三六五号公報)によれば、本件登録実用新案は昭和二十二年二月二十二日の植野善雄の出願に係り、昭和二十四年四月六日登録されたものであることが認められ、右甲第一号証の図面及び説明書中登録請求の範囲の項には「糸巻車の両側板(1)を皿状に圧搾し其の側面凹陥部(3)を利用してL形支持片(4)を固着せる枠板(5)を該凹陥部内に嵌入せしめたる釣竿用リールの構造」と記載されてあり、又実用新案の性質、作用及効果の要領の項にその作用効果として「枠板を側板の側面凹陥部内に嵌入せしめたるを以て両者の間隙は外側面にあり且側板の凹陥部内に位置するを以て釣糸の挾入する憂なく而も糸巻車の両側板周縁が共に露出して指圧制御に便利なるものなり」と記載されてあり、同じ項に「本考案は以上の如く糸巻車の両側板が皿状にして側面に凹陥部を存することを利用して枠板を嵌入せしめ外周に露出せしめざる点を特徴とす」と記載され、尚同じ項の他の部分にもこの凹陥部を利用してこれに枠板を嵌入することを繰返し記載してあることが認められ、以上認定の事実に徴すれば、本件登録実用新案は「糸巻車の両側板を皿状に形成し釣竿にリールを取付くべきL形支持片を固着した枠板を前記側板側面に凹陥部の存することを利用して、この凹陥部内に嵌入させた釣竿用リールの構造」を考案要旨とし、且この構造中「側板側面に存する凹陥部を利用してこの凹陥部内に枠板を嵌入させた構造」が考案構成上の重要要件をなすものと認めなければならない。

次に成立に争のない甲第二号証によれば(イ)号図面のリールは糸巻車の両側板(1)(2)は金属板を皿状に圧搾して側面に凹陥部(A)を存せしめるように形成し、更にその周縁部は側板(1)では管状縁(5)を形成し、又側板(2)では外側方に折り曲げた周縁(9)を設けたものであつて、リールを釣竿に取付ける為のL形支持片(4)に固着された枠板(3)はその周縁の近くに段部を設けて側板(2)と反対側に凹陥部を有するように圧搾し、その外周には前記側板(2)の周縁(9)より稍々小径の周縁(12)を内側方に向つて折曲成形し、周縁(9)と周縁(12)との間に僅少の間隙(B)を存するように嵌合させ、両側板(1)(2)及び歯車(11)を管軸(10)を介して支軸(13)に依つて前記L形支持片(4)及び枠板(3)に結合したものであることが認められ、この事実に徴すれば、枠板(3)の板状主体部即ち周縁(12)以外の部分は皿状側板(2)に形成された凹陥部(A)の全く外部に置かれ、この凹陥部(A)は毫も枠板(3)の為に利用されたものと言い難く、唯側面(2)の外周に持に設けた周縁(9)と枠板(3)の外周に設けた周縁(12)とが互に嵌合関係にあるに過ぎないものと解さなければならない。

よつて以上認定した本件登録実用新案の考案要旨と(イ)号図面のリールとを比較するに、両者は糸巻車の両側板を皿状に形成し且一方の側板の側方にそれより小径の枠板を有し、この枠板がL形支持片に固着された釣竿用リールの構造である点では互に一致しているが、前者が右側板の側面に凹陥部のあることを利用し、この凹陥部内に枠板を嵌入したものであるに反し、後者では枠板の板状主体部を側板側面の凹陥部外に置き、枠板と側板とは只その外周の折曲部即ち周縁で互に嵌合状態にあるだけで、側板の凹陥部は枠板の為に少しも利用されていないものと解すべく、而して右のように側板側面の凹陥部を利用してこの凹陥部内に枠板を嵌入する構造が前者の考案構成上の重要要件をなしていること前記の通りであるから、この構造を具備しない後者即ち(イ)号図面のリールは前者即ち本件登録実用新案とは構造上類似しないものであつて、その権利範囲に属しないものとすべきであつて、右両者の構造上の差異を以て単に嵌入と嵌合との言葉のあやにすぎず、本質的差異をなすものではないとする被告の主張は認容することができない。

又被告は本件登録実用新案における釣糸が側板と枠板との間隙に挾入する恐れがなく、又両側板の周縁が露出していて指で押えて制御し得られる作用効果は(イ)号図面のリールのそれと同一であるから後者が前者の権利範囲に属することが明らかである旨抗争し、前記甲第一号証の本件登録実用新案公報の作用効果の説明中に被告が右本件登録実用新案の作用効果として主張するところと同趣旨の作用効果が記載されてあることが認められるけれども、実用新案法第一条に明定されているように、実用新案の登録は物品の形状、構造又は組合せに係る実用ある新規な型の工業的考案に対して与えられるものであつて、作用効果はその目的となるものではないから、作用効果が同一の考案であつても、必ずしも同一の実用新案とすることはできないばかりでなく、被告の主張する本件登録実用新案の作用効果は前認定の本件登録実用新案の要旨たる構造の直接の作用効果でなく、右作用効果は枠板の直径が側板の直径よりも小であり、且枠板と側板との間隙がリールの中心から外方に向いているものであれば之を有すべく、必ずしも本件登録実用新案の側板の凹陥部を利用し枠板を之に嵌入せしめた構造のものによらないでも之を達成し得ることが明らかであるから、本件登録実用新案と(イ)号図面のリールの構造がその作用効果を同じくするが故に後者が前者の権利範囲に属するものとし難く、被告の前記主張は認容することができない。

然らば抗告審決が(イ)号図面のリールが本件登録実用新案の権利範囲に属するものとし、被告の右権利範囲確認審判請求を認容したのは不当であつて、その取消を求める原告の本訴請求は正当であるから、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

イ号図面

第一図〈省略〉

第二図〈省略〉

第三図〈省略〉

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